
リッチOL小説~35歳、独身、理紗子の場合③~
2人は会社から歩いて5分ほどのビストロに入った。
「ここ来たことある?ドフィノワーズが美味しいんだよ~」
と、言いながらエリカはうまく理紗子の希望を聞きつつ、5品ほどササっと注文を済ませた。
「エリカって本当気が利くよね!いい奥さんになりそう」
理紗子は感心して言った。
「本当!?嬉しいな~いつも褒められることないからさ(笑)
うちの課長と部長なかなかクセが強いから、気づいたら結構気を遣うのはうまくなったかも」
笑いながら照れるエリカは可愛らしかった。
栗色のボブカット。白シャツをパンツルックで着こなすエリカはまさにハンサムウーマンといった感じだが、女性らしい仕草と気遣いがモテそうだなと思わせる。
「エリカってモテそうなのに、なんかいつもイケメンを追っかけてダメだったって話するよね。結婚とは考えてないの?」
2杯目のロゼワインで早くも酔いが回ってきた理紗子は思わずズバッと聞いてみた。
「結婚か~今はあんまり考えてないかな。
実はさ、ずっと同期のみんなには言ってなかったんだけど、
あたし3年前に婚約破棄してるんだよね。」
突然のカミングアウトに理紗子はびっくりした。
エリカが婚約破棄したどころか、婚約者がいたことも知らなかった。
「そうなの!?全然知らなかった…
そんな感じ全然なかったよね!?」
エリカははにかみながら続けた。
「32歳の頃って第二次結婚ラッシュだったじゃん?
あの時、無性に結婚したいって気持ちになって、結婚相談所で知り合った人とスピード婚約したんだけどさ。
お姑さんになる人の嫌味とかがすごくて。
私のこと守ってくれない相手にうんざりして結婚はナシにしたんだ。
婚約破棄なんて恥ずかしくて誰にも言えなくてさ」
いつも陽気で、飲み会やご飯に行っても楽しそうにイケメンアタック失敗談を話すエリカにそんな事情があったとは思いもよらず理紗子は驚くほかなかった。
「短い期間だったけど、婚約破棄のゴタゴタで結婚願望がすっかりなくなっちゃってさ~。
1人で好きなことやってるのが楽しいから、このまま一生独身かも(笑)
ま、イケメンへのアプローチは50になるまでは続けるけどね!」
とエリカは笑いながらシャンパンを飲みほした。
「理紗子こそ結婚しないの?
一時期、婚活頑張ってるって言ってたじゃん」
「結構活動したんだけどね…
結婚したいと思う相手に出会えなくて、もう35だし無理かなって思ってる。
ねぇ、独身でいるかもってことは、エリカは仕事の方を頑張るってこと?
管理職とか目指してるの?」
同い年で同じく結婚しないエリカの人生の目的が気になって仕方ない理紗子は思い切って聞いてみた。
エリカは同期の中でも仕事ぶりが評価されている1人だった。
5年前に優秀社員賞も取っている。
だが、エリカの答えは予想外のものだった。
「管理職とか出世は全然考えてないよ。
今のリーダーってポジションぐらいがちょうどいいかなって思ってる。
だって課長とかなると持ち帰りの仕事とか増えて、プライベートの時間減っちゃうでしょ?」
意外な答えに理紗子はうろたえた。
そして同時に1つの疑問が浮かんできた。
「独身なのにプライベートの時間を減らしたくないって…
エリカ、なんか趣味とかやってるの?」
生きがいや熱中するものを探そうとしている理紗子には、気になって仕方のない部分だ。
エリカは結婚やキャリア以外にやりたいことがあるのだろうか?
あるとしたら、いったい何に夢中なのだろうか。
自分の参考になるかもしれない。
理紗子の真剣なまなざしに応えるようにエリカは言った。
「実は、あたし今ローフードの勉強してるの」
「ローフード!?」
意外すぎる答えだ。
勝手にエリカはスポーツ系の趣味だと思っていた。
「例の婚約破棄の時に、みんなには悟られまいと、会社では何事もないようにふるまってたら結構メンタルに来てさ。肌とかボロボロになっちゃって。
治そうと思って、スキンケアやらインナービューティーとかを知って、色々試してみたの。
そしたらローフードが一番効果があって、どんどんハマっちゃって、今はオリジナルレシピとか作ってるんだ♪」
ローフードとは、Raw(生の)Food(食べ物)のことだそうで、生で食べることにより、植物の酵素や栄養素を効果的に摂れて、健康や美容・ダイエットにも効果が出ている食事法であること。
ローフードを実践する場合は、生もしくは48度以下で調理する必要があるので、
大好きなスイーツをローフード仕様に変えるレシピを考えるのが楽しいと、
今までに作ったローフードスイーツの写真を見せながら、エリカは嬉しそうに教えてくれた。
―エリカが料理なんて意外だったな。
でも、熱中できるものを持てるってうらやましい
「てことは、土日もローフードの研究ばっかりしてる感じなの?」
「そうだね~でも最近は講師としてローフードスイーツの作り方を教えたりもしてるんだ!
みんなに喜んでもらえるとすっごく嬉しいの!」
「えっ!講師とかやってるの?」
今日は一体何度驚かされるのだろう。
てっきりローフード講座に通ったり、自宅で作ったりしているレベルだと思っていた理紗子は素っ頓狂な声を上げてしまった。